続・アニメガタリ

続き

アニメを語る切り口について。

アニメ評論家という肩書きの人は氷川竜介さんと藤津亮太さんのお二人かなと思う。

氷川さんに関してはこの記事かなと。

会社を辞めてアニメ研究家になった理由――氷川竜介の場合。【前編】 | フリーランス、40歳の壁 | ダイヤモンド・オンライン

フリーは「仕事」こそが最強の営業である――氷川竜介の場合。【後編】 | フリーランス、40歳の壁 | ダイヤモンド・オンライン

 

藤津さん「アニメをみない人、好きなアニメがある人、アニメというジャンルが好きな人と3つあって、ちょっとでもいいからアニメというジャンルを好きな人を増やしたい。」

「腑に落ちる」

「批判してもアニメって面白くならない」

藤津さんに関してはまだあまり詳しくはないです。要調査

一番下のやつはご本人の運営されているサイトなのだろうか。

4月5日(木) アニメを知らない人へのポプテピピック解説(by藤津亮太) - YouTube

聞いてみなくちゃわからない#001/アニメ評論家・藤津亮太 前編 - YouTube

聞いてみなくちゃわからない#001/アニメ評論家・藤津亮太 後編 - YouTube

評論講座アニメガタリ

 

続いて山本寛さん。

アニメが好きなだけでやっていて、業界をどうすればいいか、とか、学術的にどう定義すればいいか、とか、どう巷を啓蒙すべきか、とか、そんなのには全くの関心がないのだ。

山本寛 公式ブログ - アニメ評論家3 - Powered by LINE

 

自分としては、自分が好きな作品を深掘りしたい、表層の筋書きだけじゃなく作り込まれた部分を知りたい。かつ新しい好きな作品に出会いたい。そういう意味では、藤津さんの「好きなアニメがある人、アニメというジャンルが好きな人」の間くらい。

テクスト分析と呼ぶのが正しいのかわからないけど、映像に表象されているものが全て、作者の意図なんかどうでもいい、俺がこの映像にこういう意味解釈を見出したんだから(俺にとっては)こういう意味だ!という論点を持ちたい。ただしそれは流し見の思い込みで判断するじゃなくて、映像に表象されているものに準ずるべき、みたいな。

そういう意味では、作り手へのインタビューの類は、面白いけど興味ない、というか。

「現代アニメ考」アニメーション評論の方法と態度

「現代アニメ考」アニメーション評論の方法と態度−補遺

インクエッジ@WF7-42-07 (@02Curry) | Twitter

 

でも、仕事としてアニメを語るためには、過去の多くの名作を見てある程度の理解をしていなければならないだろうし、氾濫する膨大な現行の作品にも目を通すべきだし。

高畑勲宮崎駿富野由悠季押井守、etc...

 

そこで、ちょっと飛躍するけどソシュールの「通時性」「共時性」みたいな考え方はできなくもなくて。氷川さん世代のように歴史には精通してなくても、アニメは語りうるかもしれないと気は軽くなった。

今、大学で映画の勉強を(一応)してて、映画の技術的なところも映画評論的なところにも触れられるかなとは思う。

 

藤津さんの「聞いて見なくちゃわからない」で主張してる「腑に落ちる」「批判してもアニメは面白くならない」は完全に同意だし納得。好きな作品だけどなんかよくわかんないとこあったな、っていうのもあるし、好きな作品を叩いてる人もいて。そういう時に自分が納得する(=腑に落ちる)ために、テクスト分析的な読み方をしてるのはすっごい面白いと思ったし、今こういう文章を書いてるのもそのせいだし。この人の信者と言っても過言ではないです。

インクエッジ@WF7-42-07 (@02Curry) | Twitter

 

自分の欲求と社会的な価値とかの間をうまくとるなら、志水義夫さんの「メディア文藝」という形が近いのかもしれない。

そもそも自分がクリエイターになりたいのか評論家になりたいのかもよくわからんし。アニメプロデューサー面白そうだなってのはなんか思ってる。

 

アニメガタリという題は「アニメガタリズ」からとったつもりだったんだけど全然既出なんですね。。。