修行について

サイボーグに関して、侵襲式の強化には抵抗を感じたのでその原因を探るべく考察しました。

身体的なアイデンティティの喪失に起因すると思ったのでそこから。

 

まず人間の身体能力の変化について、4つの分類を考えました。速度と+−に注目して、

・修行(+、遅い)

・老化(−、遅い)

・改造(+、速い)

・事故(−、速い)

改造ってのはサイボーグのこと、本題。

事故ってのは交通事故とかそういうやつ。

 

例えば、事故で全身不随になってしまったとしたら、それはきっととても辛いだろう

これについては創作と実話とで事例をいくつか挙げると、

海を飛ぶ夢

最強のふたり

・おしゃべり目玉の貫太郎

1個目の例は、全身不随を受け入れられずに安楽死を望む話。2、3個目の例は全身不随を受け入れてる話。3個目については、はじめは受け入れられなかったけど徐々に肯定したのだそう。ここから、身体的な変化に適応するには時間がかかるであろうということ。

では次に、老化による身体能力の低下について。実際に老化を体感したことはまだないが、例えば歳をとって重度の認知症になって自分や自分の周りのことがわからなくなってまで、或いは歳をとって歩いたり日常生活が自分だけでできなくなったりしてまで長生きしたいか、と考えてみる。これはめちゃくちゃ難しい問題だと思う。事故であれ老化であれ、今まで通りの生活が出来なくなったくらいでは人間の生命の尊厳は失われない、それでも必死に生きようとする姿こそ尊いとも言えるし、逆に最も理想的な状態で命を終わらせることを良しとする人もまたいるだろうし。

 

こんどは+方向について考えてみる。

スポーツの練習とか、勉強とか、身体で覚えるだとか感覚を身につけるとかそういうのが修行だと思ってる。

対する改造はサイボーグ化するとか、ガンダムに乗るとか、脳みそをインターネットにつなぐとかそういうこと。

未来に技術がどこまで行くかはわからないから想定できる範囲で話すと、

例えばガンダムに乗るとして、ゲームが上手い人が乗るのと、飛行機のパイロットが乗るのと、武道の経験がある人が乗るのとではポテンシャルが違うよねって思って、そしたら結局は修行と改造の併用共存が必要になる。

脳みそをインターネットにつないでいつでもGoogle検索かけられるとして、ある程度基礎知識がないと何て検索すればいいかわからないよね、とかそういう。

で、もしテクノロジーによってゲームの経験とか飛行機操縦経験とか武道経験とかが補えるとしたら、つまり意志とは関係なく動くとしたら、それは果たして本当に自分がガンダムを操縦してると言えるのか、すなわちそれはただの自律駆動人形となってパイロットを必要としないのではないかと。

ユニコーンガンダムがいくら脳波をダイレクトに読み取るからといって、阿頼耶識システムがいくら直感的に操縦できるからって、パイロットに戦闘経験がないと銃弾や斬撃には反応できないはずで。

そしたら結局身体能力を強化するとは言えなくなってるわけで。

自分がサイボーグになってたりガンダムに乗ってるってことは他の皆もまた同じような強化を施されていると考えるのが妥当だからまあそうなると思う。アニメの主人公なんかは他と違う特別な強化を施されるけど現実的ではないかな。

この発想は結構大事だと思ってて、すなわちサイボーグ化というのは画一化と同じってこと、ここにもアイデンティティの危機が出てくると思う。単に急激な変化だからってじゃなくて。

 

するとだな、最初に示したうち能力が低下する方は検討する必要ないってことになるか。、、、

 

肉体が画一化されるとその個性はパイロット(精神、経験値?)の能力に依存するし、それすらも技術により画一化するならばそこに生身の人間は最早必要ない。

そしたら意識をネットにアップロードした新たな生命のかたちが生まれるのかな。それは想像することすら難しい。。、

 

生物の遺伝子の本懐として、なるべく多様化し個性を生むことでイレギュラーに対応し種を保存するっていうのがあると思うんだけど、肉体の画一化はそれに反するよねと思う。

 

 

この手のことを考えてるといつも結論は出ないものだ。。。今日はこれにて閉幕。。。。。。、